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来るべきアレフバーの世界

ペルシア文学・イラン文化研究と図書館の話

(レビュー)『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?:味と語源でたどる食の人類史』

ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史最近読んだ中でもずば抜けて面白い本だった。学生、社会人を問わず、知識欲旺盛な人には絶対にお勧めしたい1冊だ。

まず、マンガ風の表紙(これペルシア王?)とラノベ風(?)の日本語タイトルが目につく。これは一般受けを狙ったものだろうが、逆に真面目な本を探している人にはスルーされてしまうかもしれない。

しかし騙されてはいけない。これはれっきとした言語学者による、学問的な見識に裏付けられた本なのだ。原題はLanguage of Food: A Linguist Reads the Menuという。直訳すると『食べ物の言語:言語学者がメニューを読んだら』といった感じだろうか。多分、そんな題名なら私は手に取らなかっただろう。多くの中東研究者も手に取らないだろう。でもペルシアやイスラーム世界の話が、結構出てくる。まずはこの和訳タイトルのセンスに脱帽である。

 

さて、面白い言語学エッセイといえば、私の中では故・千野栄一大先生が代表格で、他にも言語学者や語学教師による面白い本は沢山あり、数え上げるとキリがない。もしかすると言語学・語学エッセイというものは本質的に面白いジャンルなのではないかと思ったりする。本書もその例に違わず面白いのだが、単なる語源ネタうんちく本と思ったら大間違い、期待以上の面白さだ。

著者、ダン・ジュラフスキー氏は、スタンフォード大学の教授で、その守備範囲は狭義の言語学に留まらず、コンピュータ言語、社会学、心理学の知見もフル活用して、我々が日常何気なしにスルーしている料理や食材の、よくよく考えると変な名前(たとえばトマト・ケチャップ)から、言語と歴史のめくるめくような奥深い世界に誘う。 

スタンフォード大学の著者サイト)

web.stanford.edu

 

 

例えば、七面鳥はなぜ英語でターキー(トルコという意)といい、トルコ語ではヒンディー(インドの、という意味)というのか、などということは、中東研究者の間では話のネタとして話題にのぼることはあっても、ここまで理路整然と、なおかつ七面鳥料理のレシピやペカンパイの発音の話まで絡めて、しかも楽しく語る人は見たことがない。漁る知識の量もさることながら、それを探りあてるアンテナがハンパじゃない。まるで食べ物専門のウンベルト・エーコみたいだ。それでいて、難しい話ではなく、すべての話題は現代人(主に欧米)の食文化の疑問を解くことに繋がっている。だから多くの人にとって面白い話になる。胃袋に入るものは世界共通でやっぱり強い。うまいなあ、とまた感服。

だから、繰り返しになるが、この本は数多ある語源ネタ本とは性格を異にする。それは第1章「メニューの読み方」に表れている。ここでは、コーパス言語学的な調査結果を基に、高級レストランのメニューと高級でないレストランのメニューに用いられる表現の違いを分析している。「ヘルシー」や「本物」を謳うメニューや菓子袋のコピーはどういう認知的な意味を持っているのか。これは私たちがメニューを読むときにも役立つが、メニューを作る人にも参考になるかも知れない。

こうした統計を用いた言語学エッセーの極めつけが、第12章「太って見えるのは名前のせい?なぜアイスクリームとクラッカーの商品名は違うのか」。ここでは、音が意味を持つ「音象徴」という現象について述べている。(一部の)日本人には「言霊」という思想があるが、通常は、モノとその名前の結びつきは「恣意的」だとされる。日本語では「ネコ」という動物が英語で「cat」、ペルシア語で「gorbe」であっても、その指示対象である猫には違いはないからだ。

しかし、ここでは、食べ物のネーミングに使われる音の違いが、人々に与える印象のはっきりとした違いとして表れることが、他の研究者の業績などを用いつつ明らかにされている。食品メーカーの企画担当者は必読の一章だ。

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詳細は読んでのお楽しみということにしたいが、不思議なことに、この本を読むと別のネタについても「この本みたいに書いたら面白いんではないか」というアイデアが、次から次へと浮かんでくる・・・それは何も私だけのことではないようだ。その証拠に、本書に収録された推薦文のなかで高野秀行氏は「納豆」の名前に、また訳者の小野木明恵氏は、『深夜特急』で沢木耕太郎氏が語る「お茶」の呼び名の話に、言わずにおれん、といった感じで触れている。

本書を面白く読めた人は、きっと自分の身近にあるモノにもジュラフスキー氏のような観察眼を向け、その名前に隠された歴史をたどってみたくなるのではないだろうか。無論、実際にやってみると簡単なことではない。この本も、完成までに何年もかかったそうだ。しかし、読む人がこんなにも楽しんでくれるのなら、何年もかかってもいいと思えてしまう。そんな本である。

 

ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史

ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史

 

 

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