2000年代初めに出版された山川出版社の『世界各国史』のなかの「西アジアⅠ、Ⅱ」の2冊は、大学図書館には絶対あって欲しい基本図書だが、個人で所蔵している人はあまりいないのではないかと推測する。勿論、研究者になって研究費で本を買えるようになれば、簡単に買うことはできるのだが、こういう本はむしろ研究者になる前の大学生の段階で読むべきものなので、敢えて手元に置くために買う人も少ないだろう。
しかし、イランの通史を専門的な研究者が日本語で1冊にまとめたものは、意外と少ない。現代史については、2020年に吉村慎太郎著『イラン現代史』の改訂増補版が出たが、前近代から現代までの通史で教科書的に使えるものは、あまり思い浮かばない。
本書は、上述の『世界各国史』のなかでイランとトルコを扱った「西アジアⅡ」からイラン部分(要る部分!)だけを抜き出して山川セレクションの1冊にしたものである。通史といっても時代毎に執筆者が異なり、それぞれの時代を専門とする研究者が書いているため信頼性も高い。
『世界各国史』からは既に中国史、アメリカ史、イギリス史がYamakawa Selectionとして出版されているが、この後に続くフランス史(2021年3月予定)より前にイラン史が出ているというのは、単に編集の都合かも知れないが、上記のようなニーズも影響してのことではなかろうか。
再刊のメリットは大きい。まず、B6変型判のコンパクトな判型になり、通勤電車の中でも気軽に読めるのが嬉しい。
それだけでなく、編者曰く「最低限の改訂と補綴」(p. viii)をおこなったほか、この20年の新しい情報を補うため、現代史部分に松永泰行氏による文章を追加している(第5章p. 257-266)。学生がイランの通史を手軽に通読するのに最適な1冊になっている。
ただし、『世界各国史』では古代部分がイラン・トルコ共通の「古代オリエント世界」として執筆されていたため、本書には収録されず、もともと第2章であった「イラン世界の変容」が本書では第1章となり、9世紀頃からの歴史叙述が始まる形になっている。
『イラン史』(Yamakawa selection)の目次:(赤字は「西アジアⅡ」と見出しの文言が変わっている部分)
『山川セレクション イラン史』への序文 (羽田 正)
第1章 イラン世界の変容 (清水 宏祐) 1 「イラン」をどう考えるか
2 イラン系独立王朝
3 トルコ人の改宗とトルコ系王朝の出現
第2章 トルコ民族の活動とモンゴル支配時代 (井谷 鋼造)
1 トルコ民族とイラン史
2 イラン地域の十一~十四世紀の諸国家
第3章 ペルシア語文化圏の形成と変容 (羽田 正)
1 十五世紀のペルシア語文化圏
2 サファヴィー朝の時代
3 サファヴィー朝の崩壊と十八世紀のイラン高原
第4章 近代イランの社会 (八尾師 誠)
1 ガージャール朝の成立と国際関係
2 列強の進出とイランの従属化
3 抵抗の始まりと改革の試み
4 ナショナリズムの出現と立憲革命
第5章 国民国家への道 (八尾師 誠・松永 泰行)
1 試練に立つイラン・ナショナリズム
4 国民国家への途
5 パフラヴィー体制とイラン社会
6 イスラーム革命と現代
索引/写真引用一覧
序章 「イラン」「トルコ」の世界
第一章 古代オリエント世界
1 都市の成立と発展
2 前二千年紀の変化
3 前二千年紀末から前一千年前半の政治情勢
4 アカイネメス朝ペルシア帝国
5 アカイメネス朝以後
第二章 イラン世界の変容
1 「イラン」をどう考えるか
2 イラン系独立王朝
3 トルコ人の改宗とトルコ系王朝の出現
第三章 トルコ民族の活動と西アジアのモンゴル支配時代
1 トルコ民族とイラン,アナトリア地域史
2 イラン地域の十一~十四世紀の諸国家
3 十一~十四世紀アナトリアのトルコ系諸国家
第四章 東方イスラーム世界の形成と変容
1 十五世紀の東方イスラーム世界
2 サファヴィー朝の時代
3 サファヴィー朝の崩壊と十八世紀のイラン高原
第五章 オスマン帝国の時代
1 オスマン支配の拡大とイスタンブル政権の形成
2 オスマン官人支配体制の成長
3 地方社会の自立と中央政府
第六章 オスマン帝国の改革
1 開明的専制君主の改革
2 タンズィマートとその社会
3 アブデュルハミト二世の専制政治
4 「青年トルコ人」革命
第七章 近代イランの社会
1 ガージャール朝の成立と国際関係
2 列強の進出とイランの従属化
3 抵抗の始まりと改革の試み
4 ナショナリズムの出現と立憲革命
第八章 現代のトルコ,イラン
1 トルコ革命-一党支配の時代
2 トルコ共和国-複数政党制の時代
3 試練に立つイラン・ナショナリズム
4 国民国家への途
5 パフラヴィー体制とイラン社会
6 イスラーム革命と国民国家
第九章 近・現代のアフガニスタン
1 ドゥッラーニー王朝の興亡
2 革命,混乱,そして再興へ
付録
索引/年表/参考文献/王朝系図/写真引用一覧
山川セレクション版には年表と参考文献がないのが残念だが(あと、個人的にはアフガニスタンの部分も欲しかったが)、さらに詳しく読み進めたい人は、図書館に行って「西アジアⅡ」の参考文献を参照すると良い。さらに、現代史については上述の『イラン現代史』、古代史については古代オリエント史に関する書物が沢山あるので、それらを手に取ると良いだろう。