来るべきアレフバー の世界

ペルシア文学の余白=世界文学の中心

ジャファル・パナヒ監督『人生タクシー』

久しぶりにイラン映画の話を。(若干ネタバレに注意)

現在国内で上映中の『人生タクシー』(原題:タクシー)は、ベルリン国際映画祭2015で金熊賞を受賞した、ジャファル・パナヒ(ジャアファル・パナーヒー)監督の最新作である。

 

jinsei-taxi.jp

 

2010年から映画撮影、脚本執筆、メディアのインタビュー、治療と巡礼以外の海外渡航を禁じられているパナヒ監督が、タクシーの運転手に成りすまし、車内に設置したカメラを通して、市井の人々の本音を映し出すという本作の設定は、アイデアとしてはキアロスタミの『10(テン)』などに通じるものがあるが、映画制作を禁じられている監督だからこそ説得力を持つを言えるだろう。タクシー運転手が防犯カメラを使って乗客を撮影するのは映画制作とは言えない(という言い訳が立つ)からだ。

しかし、私自身も当初そのように思っていたのだが、そのような期待をして本作を観るならば、ところどころにみられる作為性にがっかりするのではないだろうか。私は予告編動画を観て、これはドキュメンタリーではなさそうだと思い、ある意味それを確かめながら見ていたのだが、途中から、フィクションだと割り切って観ることにし、見終わった後、この作品をどう捉えるかについて悩んだ。

実際、本作の公式ウェブサイトやチラシを見ても、ドキュメンタリーであるとは書かれていないのである。ウィキペディア英語版では「ドキュフィクション」と定義されており、Docufictionの項目でも、パナヒ監督の前作(Closed Curtain)やキアロスタミの『そして人生はつづく』と並んで本作が代表的なドキュフィクション映画として挙げられているが、キアロスタミ作品と比べると、本作のほうが虚構性が高いように思われる。

登場人物である乗客たちは、入れ替わり立ち替わり乗ってきては、不条理な死刑制度や投獄、映画の規制、横行する窃盗、児童労働、それらの背景にある貧困、金への執着、はびこる迷信など、いかにも監督が描きたがりそうなイラン社会の問題を、語り、あるいは自ら体現し、去って行く。

さらに、運転手に徹する監督と、車内に固定されたカメラを補う役割を果たすのが、監督の姪のハナである。彼女は監督に代わって社会への疑問を語り、デジカメを使って車外の出来事を映し出す。

一連の出来事はゆるやかに繋がっており、一日の出来事として描かれている。要するにこの作品は、緻密な計算のもとに制作された映画であって、いわゆるドキュメンタリーとは違う。だが、それは、低俗な「やらせ」という意味ではない。

無論、中には出演者が自由に語っているリアルな部分があるだろう。例えば著名な人権活動家ナスリーン・ソトゥーデ本人が登場し、当ブログでも紹介したゴンチェ・ガヴァーミーの家族に面会に行くというくだりはかなりリアルである。

alefba.hatenadiary.jp

 

ソトゥーデ氏は2010年に投獄されており、2013年9月に釈放された。ガヴァーミー氏は、2014年6月に逮捕され、10月からハンストを決行、11月に釈放されており、ソトゥーデ氏は実際にガヴァーミー氏の家族に面会に行っているので、監督が敢えてソトゥーデ氏を登場させるために彼女とアポをとったにせよ、撮影の時期がかなりの程度特定され、この場面でリアルな出来事とのリンクが生々しくも浮き上がっている。

ちなみに、映画の中で「〜リアリズム」とか訳されていたsiyāh-namāという言葉は、文字通り黒い部分を見せること。外からは見えないような社会の負の側面を描いて晒すという面では、このパナヒ監督や、『別離』のファルハーディー監督が代表格で、こういう映画にはイラン国内でも賛否両論ある。

本作は、こうしたリアルな部分と、迷信に惑わされた双子のおばさんや、夫の生死よりも遺産のほうを気にしているかのような若い妻など、現実の社会をどことなく滑稽にデフォルメした部分とを混ぜ合わせ、一つのストーリーに仕上げており、小説などにも見られるような、イラン人のリアリティーに対する独特の感性が表れている。ネタバレになるので詳しくは書かないが、最後の終わり方は日本でもよく知られるモキュメンタリー映画『食人族』を彷彿とさせる。ドキュメンタリーとかモキュメンタリーとかそう言った概念自体をパロディー化して、そんなことを考えながら観ているような私のような人間を突き放し、あざ笑うかのようでもある。

 

 

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というわけで、この映画は、映画制作という禁を犯すにしても、大っぴらにロケをすれば妨害されるだろうし、こっそり作るにはこうするしかねえだろバカヤローという監督の声が聞こえてくるような作品です。そんな声を聴きたい人は、早いとこ観に行くのがよいです。 

新宿武蔵野館での上映は5月中旬までとのこと。本編上映前に森達也監督、松江哲明監督による数分の短編(数分ずつ)も観られます。

『人生タクシー』公開記念!短編映画上映決定! » 新宿武蔵野館

shinjuku.musashino-k.jp

 

また、13日から26日までは渋谷のアップリンクでも上映されます。(こちらは短編の上映は無し)

www.uplink.co.jp

 

そして6月は、ファルハーディー監督の『セールスマン』もいよいよ公開されます。今年もイランが熱い(暑い)!!

 

イラン映画をみに行こう

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