ラディオ・フリー・ヨーロッパに、プーチン大統領がイランのハメネイ最高指導者にクルアーン(コーラン)写本のコピーを贈ったという記事が出ています。
From Putin To Khamenei: A Koran Copy With Its Own History
これはかの有名な「ウスマーンのクルアーン」のことでしょうね。この記事だとちょっとややこしいので補足します。
7世紀に預言者ムハンマドが受けた啓示の言葉は、預言者の生前は主に暗誦によって伝えられていましたが、イスラーム化された地域も広くなって、預言者が亡くなった後、各地で暗誦内容に異同が生じたため、第3代カリフ・ウスマーンが、クルアーンの正典化を命じました。
このとき統一されて1冊の形になったウスマーン版クルアーン(5部作られたとされる)が、今日まで書物の形で流通しているクルアーン(これをムスハフという)の唯一の底本で、他のバージョンは焼却されてしまったので存在しません。時々、そういう(正典化前後の)異本の存在が話題になったりしますが、今日印刷されて頒布されているものについては、すべてこのウスマーン版に由来することになります。
というわけで、その意味では全てのムスハフはウスマーンのクルアーンと言えるのですが、ここで私が「ウスマーンのクルアーン」というのは、その最初に作られた5部のうち、特にウスマーン自身が所持し、暗殺されたときに持っていた1冊のことです。その写本は、タシュケントにあり、ついているシミはウスマーンの血痕だとか、いわくつきのアイテムです。
"Uthman Koran Taschkent a" by Wiggum - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.
記事では、ウスマーンが暗殺され、このクルアーンが、第4代カリフでシーア派の初代イマーム・アリーによって北イラク(クーファ)にもっていかれ、後にティムールがここを征服したときにサマルカンドに持ち帰ったという説を紹介しています。
これが19世紀にサンクト・ペテルブルクの帝国公共図書館に寄贈され、その歴史的価値が認められ、50部の複製が作られた。その半分は販売されましたが、5部はニコライ2世やオスマン帝国のスルタンなどに贈られたそうです。
この複製自体、数が少ないので貴重なのですが、今回、ハメネイ師に贈られたのは、この中の1部、ということのようです。
しかし、ウィキペディアにも載っていますが、岩波『イスラーム辞典』の「ウスマーンのクルアーン」(p.197)の項目にもある通り、この写本自体は、ウスマーンの時代よりもっと後に作成されたものだとする説があります。
それよりも私が気になるのは、写本研究の盛んなイランですからね。この50部の複製の1部か、あるいはそうでなくても、有名な写本ですから、その写しぐらいは、当然持ってるんじゃないかと思料する訳です・・・まあ、外交上のシンボリックな贈り物だということで。
シンボリックな贈り物の話と言えば、こちらの過去記事にも鍵の絵のついたケーキ(?)というのが登場しました。
日本の総理なら、何を贈るかなあ。東洋文庫のクルアーン写本のコピーなんて、いかがでしょうか。
おまけ
『岩波イスラーム辞典』は必携ですが、2002年の初めに出ているので、9・11以降のジハード主義の流れとかアルカーイダとか、勿論ダーイシュ(IS)については、載ってません。そろそろ改訂したらよいかと思います・・・