来るべきアレフバー の世界

ペルシア文学の余白=世界文学の中心

『名高きアミール・アルサラーン』あらすじの使用上の注意

当ブログでは、19世紀イランのペルシア文学作品『名高きアミール・アルサラーン』第1章~第10章までのあらすじを掲載し、また同作と『アルスラーン戦記』の関係について、ペルシア語原典を直に参照して記事を作成しました。

 お陰様で、色んな方(主にペルシア語関係者)から反響がありましたが、その一方で嬉しくない事態も生じております。

 

先日、友人からの情報により、明らかに当ブログ記事および他のネット上の情報源を参照して、『名高きアミール・アルサラーン』のあらすじを作成、また同作と『アルスラーン戦記』との関係についての検証を行っている本が販売されていることを知りました。*1

もちろん、当ブログ記事の内容を参照・利用していただくこと自体は、構わないのですが、同書については、典拠を全く明らかにしていないばかりか、あたかも自前の、本邦初の情報であるかのように装っている点で、悪質なものであると判断し、現在、この件に関して版元に事実関係の確認をお願いしております。

現段階では、ここに詳しいことを書くことは差し控えます。自分が不愉快や損害を被ったときに、そのことをネット上に晒して不特定多数の人々による制裁(リンチ)や炎上を誘うような行為は、民主的な方法で自分の権利を守ることができなくなったような場合の最終手段としてはやむを得ないかも知れませんが、直接抗議やクレームをせずに初めからそういうことをするのは、民主的な手続きを自ら放棄することでもあります。

 

そのうえで、今この記事を書かざるをえないと判断したのは、そのような晒し行為を行うためではなく、こうしている間にもその怪しい本が売られ続け、それによって好ましくない事態が生じる可能性があるためです。

こうした典拠の不確かな記述でも、ひとたびWikipediaなどのネット上の情報源に引用され、それ自体が新たな典拠となってしまうと、手っ取り早く情報を得たいだけの人は、Wikipediaに書かれていることでとりあえず満足し、それ以上の探究をしませんので、そこからさらにコピペによって不確かな情報が増殖し、誰もその本当の典拠を知らないという状況が生まれます。

例えば、イスラームのはじまりに関して、預言者ムハンマドに対する最初の啓示はどのようにして下ったのかということについての記述は、高校の世界史教科書をはじめいたるところに記述がありますが、信徒や研究者の間ではあまりにも常識化しているために、それが実際にはどんな文献に基づいて「歴史的事実」たり得ているのかについては、特に新書などでは明らかにしていないことが多いのです。

学生がいざそれを調べようとすると、そこで意外な苦労が生じます。ネット上の情報は殆ど典拠を示していませんし、イブン・ヒシャーム編『預言者伝』やハディースといったソースまでたどり着けないことが多いのです。しかし、これらの原典史料にあたれば、一般に浸透している記述のどこからどこまでがどの史料に基づいていると言えるかが、簡単に分かります。この点に興味ある方は『イスラームを学ぶ』第3章をご覧ください。 

イスラームを学ぶ―史資料と検索法 (イスラームを知る)

イスラームを学ぶ―史資料と検索法 (イスラームを知る)

 

 

従って、典拠を明らかにするということは、単に個人の知的財産を守るというだけでなく、後世の人間が再確認・再検証を経て真実に至る道を確保するという意味で、非常に重要不可欠なことです。新書などでは紙幅の都合などを理由に参考文献を省いている場合がありますが、それはいたずらに不確かな情報を増やすことになりかねません。こんなことは研究の世界では当たり前のことで、あらためて言うまでのことではありませんが、ネット上では不誠実なコピペが常態化しています。

「これ、ホントかな?」と思うような文章があったら、その典拠としている文献に直にあたり、信憑性を確かめる。それだけで確かめられなければ、さらに他の文献にあたって調べる。そうすると、有名な事典の記事だって、意外とテキトーだということが分かることもあります。そこから新たな研究テーマも生まれることもあるでしょう。「『名高きアミール・アルサラーン』は『アルスラーン戦記』の元ネタか」という当ブログの記事も、Wikipediaの記事を検証するところから生まれたものです。

尚、くどくどと言いたくないことですが、当ブログ掲載の『名高きアミール・アルサラーン』のあらすじは、ペルシア語原典に直にあたって、私が翻訳・作成したもので、その著作権は私に帰属します(ペルシア語原典の著作権のことではありません。念のため。)。引用・参照に際しては、著作権法や関連ガイドライン等をよくお読みの上、常識の範囲内でお願いいたします。

論文での引用作法については、情報検索リテラシーセミナーでやってきたことと関連しますので、また別の機会に書くかも知れません。

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*1:同書が当ブログを参照したことがなぜ明らかであると言えるのかと思われるかも知れませんが、それについては現段階では伏せておきます。然るべき状況で説明する用意はあります。

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