来るべきアレフバー の世界

ペルシア文学の余白=世界文学の中心

『名高きアミール・アルサラーン』は『アルスラーン戦記』の元ネタか

5月10日放送のアニメ版『アルスラーン戦記』第6話「王都炎上 後編」は、奴隷たちが反乱してサームとガルシャースフが倒れるところまで進みました。先日整理したコミック版の章立てに照らし合わせると、2巻の第八章「血塗れの門」まで進んだことになります。 

アルスラーン戦記(2) (講談社コミックス)
 

 

 これは原作小説でいうと、1巻の第三章「王都炎上」の終わりのほうで、アニメの次回放映分の章題は「美女たちと野獣たち」で原作と同じですから、アニメ版の章題はコミック版ではなく、原作の小説のほうに合わせている感じになります。(ややこしいですねww)

 

いずれにしても、ここまでの物語の進行速度を平均すると、原作の1章がアニメ2話分ということになり、私の心配は杞憂だったということでしょうか・・・てゆうか、アニメはどこまで(いつまで)やるのかな。 

alefba.hatenadiary.jp

 

 

それはさておき、さすがアニメの影響力はすごいですね。ネット上では、アルスラーン戦記についての記事が沢山目につきます。当ブログもそのおこぼれに預かり、アルスラーンネタを投入してから、PVがかなり増えました。といってもまだまだ底辺レベルですが。

 

しかし、数ある検索結果を見ていて、一つ気になったことが。

 

私自身、ウィキペディアの「アルスラーン戦記」の項目をみて、『アルスラーン戦記』が19世紀のペルシア文学作品『名高きアミール・アルサラーン』に着想を得たかのように思ってしまったのですが、『アミール・アルサラーン』の最初の方を読んでみた限りでは、両者は全くの別物ですね。前にも書いたとおり、シャー・ナーメなんかのほうが世界観としては近い気がします。 特に岡田先生の散文訳『王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)』なんか、『~戦記』のファンなら気に入ると思いますので是非読んで欲しいです。

 

で、参考までにウィキペディアの「アルスラーン戦記」の項目を引用しますと、

作中の各名称は基本的にペルシア語となっているが、これは19世紀のイランで書かれた『アミール・アルサラーネ・ナームダール』(「名高き王アルサラーン」の意。ペルシア語:امير ارسلان نامدار , Amīr Arsalān-e nāmdār )という英雄叙事詩をモチーフにしているためである[注 1]。

とあり、注には、

この詩は宮廷作家モハンマド・アリー・ナギーボル=ママーレク (ميرزا محمد على نقيب الممالک شيرازى , Mīrzā Moḥammad ʻAlī Naqībo’l-Mamālek Shīrāzī)が主君ナーセロッディーン・シャーに語って聴かせたペルシア古来の英雄譚を、物語好きな第4王女ファフレ=ッドウラ(شاهزاده خانم فخرالدوله، توران آغا , Shāhazāda Khānom Fakhr-e’d-Dowlah, Tūrān āghā, 1859年 - 1891年)が個人的に書き留めたもの。

とあります。同じ記事の英語版では、『アミール・アルサラーン』が『アルスラーン戦記』の「Origin」として紹介されています。細かいことですが、『アミール・アルサラーン』は叙事詩ではありません。ところどころに詩を引用していますが、散文のロマンスです。

 

更に、どちらが先かは分かりませんが、アミール・アルサラーンの項目(英語版)にも、

A modified version has been the main theme of the Japanese novel and anime series The Heroic Legend of Arslan.  

つまり、『アミール・アルサラーン』の「改変されたバージョンが、日本の小説・アニメ『アルスラーン戦記』のメインテーマとなっている」と言っているわけで、それは言い過ぎだろう、と思います。

 

アルスラーン戦記』と『アミール・アルサラーン』はストーリーも舞台も登場人物の設定や名前も全然ちがいます。一体、Wikipediaのこの記述はどこから来たのでしょうか・・・ネット上では、検証や証拠もないままに面白い説がどんどん広まっていきますから、これは確認しておく必要があるかと思います。

 

そもそも、『アミール・アルサラーン』には日本語訳もなければ、日本語のまとまった研究もなく、私の知る限り英訳すらない(ドイツ語訳はある)ので、田中芳樹さんがこれを読んで参考にしたとは考えにくい。いや、もし読んでたら申し訳ないのですが、仮に『アミール・アルサラーン』に何らかの着想を得ていたとしても、翻案や改変といったレベルではなく、全く違うものになっていますから、やはり『アルスラーン戦記』は田中芳樹さんのオリジナル作品だということは、分かりきったことですが、田中さんのためにも明らかにしておく必要があるでしょう。

 

ついでにいうと、『アルスラーン戦記読本 (角川文庫)』を読んでも、『アミール・アルサラーン』についての言及はないです。 『アーサー王』とか『ナルニア国』が引き合いに出されています。アスランっていうのはアルスラーンとかアルサラーンと同じ語源で、ライオンの意味だというのは『ナルニア~』の映画観た人なら分かりますね。

アルスラーン戦記読本 (角川文庫)

アルスラーン戦記読本 (角川文庫)

 

 

じゃあ、ペルシア語の『アミール・アルサラーン』はどんな話なんだ、って思いますよね。最初のほうだけですが、内容を少し紹介します。

 

アルスラーン戦記』のストーリーはみなさんご存知のとおりですが、ペルシア語の『アミール・アルサラーン』のほうは、それ自体が色んな古典物語のモチーフを援用したもので、物語の出だしはアラビアンナイトによく似ています。

 

物語は、ミスル(エジプト)の商人ハージャ・ヌウマーンが、アラビアンナイトのシンドバッドよろしく富を求めてインドへと旅立つところから始まります。大海を進むこと11日目にして、遠くに島のような黒い影が見えます。島に上陸しようとするハージャ・ヌウマーン。

 

ここで、島だと思ったら鯨の背中だった〜〜〜!!、というシンドバッド的(アンパンマン的?)展開を思わず期待してしまうのですが、そうはならずに(笑)、上陸したハージャは、とても心地よい森に引き寄せられ、そこでとても美しい娘が、みすぼらしい姿で泣いているのを見つけます。

 

この娘はルーム(小アジア)の王、マリク・シャーの妻(の一人?)で、ファラング(ヨーロッパ、語源はフランク王国)の侵攻と虐殺を逃れて島にたどり着き、ただ死を待っていたのですが、ハージャ・ヌウマーンはこの絶世の美女に惚れて、エジプトに連れて帰ります。

 

この娘はマリク・シャーの子を身ごもっており、ハージャは生まれた男児にアルサラーンと名付け、自分の息子として育てます。成長したアルサラーンは、勉学に飽き足らず、ハージャのように商人になることも拒否し、戦士として生きることを選びます。一人でライオン*を倒したたぐいまれな才能をエジプトの王に認められ、宮廷に迎え入れられるのです。

*虎じゃなくて雄ライオンの間違いでした。(5/13訂正)

 

ここまでみただけでも、『~戦記』とは別の話だということが分かります。できれば翻訳してみたいところですが、いつのことになるやら・・・別に私がやらなくても他の人でも良いのですが、せっかく『アルスラーン戦記』を生み出した日本という国なんですから、『アミール・アルサラーン』の翻訳があったほうが良いと思いますよ・・・

 

ちなみに今回読んだのは、下の比較的新しい校訂本(マヌーチェフル・キャリームザーデ校訂『名高きアミール・アルサラーンの卓越した書』タルヘ・ノウ社刊、2000or2001年)です。挿絵がいい感じなのでこれも紹介します。

 

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表紙です。画はベフザード・ガリーブプール氏。

 

f:id:iranolog:20150502094826j:plainこんな感じの挿絵が何点かあります。左がアルサラーン。

 

しかし、パラパラとみていたら、肝心の濡れ場がカットされてました(アルサラーンが、王妃のおっぱいを・・・というくだりがww)。翻訳するなら、革命前に出た版(ジャアファル・マフジューブ博士による校訂本が定番)を使わないと駄目です。

 

今回はここまでじゃ。・・・てゆうか来週はいよいよファランギースの登場だ!(よね?)格好がエロすぎるから思春期の息子には観せるなよ、ヤシャスィーン!!
(コメント歓迎ですw)

 

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