来るべきアレフバー の世界

ペルシア文学の余白=世界文学の中心

テヘラン国際ブックフェアから撤去された本

今日付けのラディオ・ファルダーの記事で、現在テヘランで開催されている国際ブックフェア(会期5/6〜5/16、ブックフェアサイトはこちら)で回収・撤去された本について報じているものがありました。ラディオ・ファルダーはラジオ・フリー・ヨーロッパ/ボイス・オブ・アメリカ系の放送局ですので、その辺の方向性については考慮する必要がありますが、事実関係のメモとして紹介します。

 元記事URL(ペルシア語です):

http://www.radiofarda.com/archive/news/20150510/143/143.html?id=27007000

 

記事によると、29のブースが出版社の違反によって、1日閉鎖させられ、また最初の2日間で少なくとも8タイトルの本が撤去されたとのこと。

 

治安維持軍(=ケーサツ)立会いのもと、回収・撤去された本には、シーヴァー・アラストゥーイーの『私とスイーミーンとモスタファー』、アセモグル(アジェモール?)とロビンソンの『国家はなぜ衰退するのか Why Nations Fail』のペルシア語訳(モフセン・ミールダーマーディー、モハンマド=ホセイン・ナイーミープール訳)、ファーテメ・エフテサーリーの詩集『喜びの詩選集と記念写真』、アールシーン・アディーブ=モガッダムの『ホメイニーに関する批判的入門』が含まれるようです。

 

また、メフディー・ハズアリー博士が経営するハイヤーン出版社のブースも、ブックフェアの2日目は閉鎖していたとのこと。

 

シーヴァー・アラストゥーイーと言えば、昨年藤元先生の訳で出版された短編集『天空の家』にも「アトラス」が収録されており、合評会でもその不思議な設定やストーリーが話題になっていました。 (この本、どの作品も面白いのでホントにおすすめです。)

天空の家―イラン女性作家選 (現代アジアの女性作家秀作シリーズ)

天空の家―イラン女性作家選 (現代アジアの女性作家秀作シリーズ)

 

「アトラス」はマジック・リアリズム風の不思議な作品ですが、私はイラン・イラク戦争や外国との緊張に常に晒されてきた革命後のイラン社会の問題を薄っすらと示唆してるのかな、と思いました。ただ、時代設定が革命前の時代になっているので、そこがよくわからないところですが。今回ブックフェアから撤去された『私とスィーミーンとモスタファー』という小説作品も、既に発売されていたと思うのですが、なぜ回収されたのかは読んでないので分かりません。

 

『国家はなぜ衰退するのか』は邦訳もあります。この本のどこがひっかかったのか、これもなんとなく分かるような、分からないような・・・

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

 

  

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

 

 

ファーテメ・エフテサーリーという人は、以前にも『ジャガイモを料理する前に読むあるフェミニスト的議論』という作品が出版後に回収された経緯があります。詩人はやっぱり戦わないとね。 

www.poetryfoundation.org

 

 

 アディーブ=モガッダムという人はSOASの教授ですので、著者自身は海外の安全圏にいて英語で書いているわけですが、ペルシア語はダメだった、と。

A Critical Introduction to Khomeini

A Critical Introduction to Khomeini

 

 Kindle版もあり。

 

まあ、国際ブックフェアのゴタゴタは毎度のことのように思いますし、出版後に本が回収されたなんていうのは日常茶飯事だと思いますが、上記のような本が出版許可を得ていたということのほうが、ちょっと意外でもあり、ハータミー政権のときに規制緩和されて反省史観本や体制に関する批判的考察本なんかがたくさん出た出版ブーム、あれをちょっと連想してしまいました。まだそこまで派手にやってないので、大きな反動に帰結するようなことにもならないかと思いますが。

 

これらの本のどこがダメなのかは、多分、具体的にこの部分、とかっていうよりは(それだったらそもそも印刷許可が下りていないはず)、著者や作品の態度とか姿勢とか、その評価とか影響力とか、そういう掴みどころのない理由じゃないかと思料する次第です・・・

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