来るべきアレフバー の世界

ペルシア文学の余白=世界文学の中心

グリーヴ『イスラームとリテラリズム』

Islam and Literalism: Literal Meaning and Interpretation in Islamic Legal Theory

 

タイトルからおもしろそうな本だと思って、カバンに持ち歩いて通勤電車の中で少しずつ読んでいた本です。

 

 

そもそも、クルアーンの解釈や注釈学でいうところのザーヒル(原義は「明らかな」とか「外面」)とは何ぞや、という疑問が前々からありまして、博士課程に入って博論を書くぞ〜〜〜!!と燃えていた頃(今も火がついてますけど、ケツにw)は、Recanatiのリテラリズム論を読んだりして、やっぱりよく分からん、というか欧米の研究ではザーヒルをリテラリズムと訳すことが多いけど本当にそれでいいのか、と思ったところで探求は止まっていました。

 

ずばり、この本を読むと、クルアーン注釈学の歴史のなかでリテラリズムに相当するものがどうなってこうなってああなって、ということがよ〜く分かる・・・ような気がしました・・・多分。

 

要するに、難しくて、とてもじゃないですが満員電車の中で前のサラリーマンの舌打ちやら後ろの大学生のスマホの先でツンツン攻撃やら、あ〜今日はいい天気だと思ったら池袋ですかしっ屁をして下りていくおばさんやらの妨害行為の中で、こんな本を断続的に読んでも、単語も難しいし、なかなか頭に入ってこないんですよ。

 

落ち着いて机の上で序文を読んでみたら、電車内で読んだ時の10倍よく分かりました(笑)。また暇をみて読み直そうと思います。

 

スンナ派のタフスィール理論では、ハキーカ(「真理」という意味)という語がスーフィーとかイスマーイール派の秘義的解釈とは全然違う意味なんだなあ、ということが分かりました。まあ、本来ならこれを読む前にVishanoffのThe Formation of Islamic Hermeneutics How Sunni Legal Theorists Imagined a Revealed Law

を読むべきでしたね。固くて重いのでこれも電車での立ち読みには不向きです。

 

今日の帰りの電車では、遅ればせながら『中東研究』518号所収の松永さんの論文「第11期イラン大統領選挙を巡る国内政治過程」を読みました。ラフサンジャーニー選対本部のアーホンディーがロウハーニーの当選にどのように一役買ったか、彼の活動について書かれている部分(p.10-11)が特に興味深かったです。

 

 

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