来るべきアレフバー の世界

ペルシア文学の余白=世界文学の中心

برزگاو

21〜22日に京都で開催された中央アジア古文書研究セミナーに参加してきました。

今回、初めての参加で、中央アジアの文書を読むのも初めてだったはずなのですが、2回ほどデジャヴュを感じる出来事がありました(笑)。

一つは、2日目のファトワー文書の中にあった、barzegāvという単語です。

自分で予習したときには判読できなかったところなので、最初、セミナーではbazregāv(種+牛?)という風に読まれて、ああ、そういう単語があるのか、と思ったのですが、Oさんが「barzegāvで耕作用の牛という意味ではないか」と言ったときに、「あれ、その単語はどこかで見た気がする」と思ったのでした。

家に帰って調べてみると、やはり昔のブログの中で触れていました。

2009年11月26日付けの「『ソハン大辞典』の迷宮」という記事です。今は非公開になっているものですが、トリビアなことが書いてあって意外と面白い(自分で言うなよ)なので、以下に引用します。

『ソハン大辞典』の迷宮

 

برزه گاوという単語がある。11世紀のナーセル・ホスロウの作品に出てくるような古い語である。黒柳恒男先生の『現代ペルシア語辞典』には載っていない。

 8万4千円の『新ペルシア語大辞典』(これを持ってない人はモグリです)は持ってないので、載っているかどうかは分からない。

 デホダーの『ロガトナーメ』は重すぎて開く気になれない。

 そこで8巻本の『ソハン大辞典』を引いてみる。

 そこには、ورزگاوを見よとある。

 仕方なく8巻を開いてورزگاوを探す。載ってない。

 黒柳『現代ペルシア語辞典』に戻ってورزگاوを探すと、「耕作用の牛」とある。

 因に1巻本の『ソハン現代辞典Farhang-e Ruz』にはどちらも載っていない。

セミナーの文書に出てきた形は、برزگاوという形ですが、これはつまりبرزه‌گاوと同じと思って良いでしょう。

ソハンの8巻本は、ورزگاوを見よ、とあるのにその見出しが存在しない、ということろがいかにもありがちですが(笑)、ورزهの項目を見ると、كشاورز(耕作する人)という意味の他に、それ自体で雄牛の意味があるようです。

で、改めて我が家の家宝の一つ(埃だらけですが)であるロガトナーメ(新しい16巻本のほう)を引いてみると、برزه‌گاوもبرزگاوもورزهも全部載っていました。

やはりロガトナーメは偉大だということで。

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