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来るべきアレフバーの世界

ペルシア文学・イラン文化研究と図書館の話

絵本『白い池 黒い池』にイラン文化の心髄を見た

読書記録 私的イラン文化論

前々回の記事で紹介した『カワと7人のむすこたち』を借りるついでに、リタ・ジャハーン=フォルーズの『白い池 黒い池』も検索してみたら、ちゃんとあるのが府中市図書館。

 

この絵本については、「イランのおはなし」ということで、以前に書店でチェックはしていました。

 

alefba.hatenadiary.jp

 

著者であるリタ・ジャハーン=フォルーズは、絵本作家である以前に、イスラエルでは誰でも知っている(らしい)イラン系イスラエル人の歌手です。

 


Rita - Shane (Official Video) - ריטה - שאנה

 


iran 3 Rita Yahan Farouz, ریتا جہان فروز

ベリーダンスとブラジルのアシェみたいなダンスが混ざっていて面白い

 

そのリタが書いた『白い池 黒い池』は、子どもの頃、母親がリタによく聞かせてくれたお話ということです。

 

白い池 黒い池―イランのおはなし

白い池 黒い池―イランのおはなし

 

 

内容的には、日本の「舌切り雀」やイソップの「金の斧」などの多くの民話に通じる、真心から良い行いをする正直者には大きな利益が与えられるが、ただ利益を目的として同じことを行うずる賢い人には、罰が与えられる、という話なんですが、このお話には、もう一つ、非常にイラン的な教えがあります。

 

散らかった台所を破壊して欲しいというおばあさんに対して、正直な主人公のシラーズは、おばあさんの真意は部屋を壊すことではないと察し、台所や庭をきれいにしてあげます。

 

それに対して、意地悪な義理の姉ナルゲスは、おばあさんに言われたとおりに台所や庭を破壊します。結局、そのことがシラーズとナルゲスの命運を分ける原因になっています。

 

正直者の私なら、おばあさんが「台所を壊せ」というなら、言われた通りにしてしまうと思うんですが(笑)。それじゃダメだよ、というところが、イラン特有の「タアーロフ」という言語行動にも深くつながっているような気がします。

 

タアーロフとは、一言で言えば、社交辞令の総体のようなもので、例えば相手にお茶や食べ物を勧める、また勧められたら遠慮する、あるいは相手の持ち物を褒める、褒められたら「どうぞ、あなたのものです」と差し出す、といった一連の行動様式にその例をみることができます。

 

日本でも、一緒に食事をして、いざ支払いとなったら「私が払います」「いや、今日は私が」みたいなやりとりがあったりしますが、最終的には、合理的なところに落ち着くわけですよね。上司が払うとか、招待する側が払うとか。

 

しかし、最近は、「私が払いますから」「いやいや私が」「なにをおっしゃる」「そうはいきませんよ」的なやりとりに充分な時間と労力を払う(色んな意味での)余裕もなく、奢られるほうの人も形式的に財布を出して払う意思を見せつつも、「今日は(払わなくて)いいですよ」と言われればすぐ財布をしまう人が大半じゃないでしょうか。私がそうです(笑)。それにレジの前でそんなやりとりをしていれば、レジのアルバイトに睨まれるわ、後ろに並んでいるお客に舌打ちされるわ、前から後ろから「はよせんかい」と言われてしまいそうです。

 

しかし、そんな形式的な社交辞令は、イラン人のもっとも卑下するところです。「払う」と言った以上、最後まで本気で貫かないといけません。お世辞がお世辞であると見抜かれたら全くの逆効果であるのと同様、タアーロフは、タアーロフであることを認めてしまったらタアーロフでなくなってしまうというパラドクシカルな行為なのです。

 

昔、イランに留学していたとき、イラン人の友だちとレストランで同席したのですが、彼の注文した料理が先に運ばれてきました。すると、彼は言いました。

 

「どうぞ。あなたのものです。」

 

思わず吹き出しましたよ。それ君が頼んだやつでしょって。それにそんなこと言ってホントに俺が君の料理食べちゃったらどうすんのって(笑)。しかし彼に根性があれば、最後まで本気で私に食べて欲しいという主張を貫くでしょう。それこそが完璧なるタアーロフであって、それを遂行するのには相当の男気と痩せ我慢が必要とされます。女性に振られた途端に今まであげたプレゼントを返せとか言う、どこかの国の一部の男子の振る舞いとは対極にあるといっていいでしょう。

 

だから、よくイランに旅行した学生やバックパッカーが、タクシーの運転手さんが「お代は要らないよ」といってタダにしてくれたなどと喜んでいることがありますが、あれはダメですよ。向こうは仕事ですから、「要らない」と言っていても、そしてどんなに本気だと主張していても、代金を払うのが当たり前です。そのためにはそれなりのコミュニケーション能力が必要になります。

 

もちろん、「それってタアーロフなの?」などと訊いてはいけません。「それって嘘なの?」と言っているのと同じで、逆に本気であることを見せようとして相手に痩せ我慢を強いることになります。そうと言わずに相手の真意を汲み取って行う配慮や思いやりが必要です。

 

また、全てのイラン人が完璧なタアーロフを遂行できるわけではありませんし、イランだけでなく、日本にもこういう振る舞いができる人は沢山いると思います。

 


Learn Persian (Farsi) with Chai and Conversation- About Tarof (Taarof), an Iranian tradition

この動画では、サヘル・ローズさん似のお姉さんがタアーロフについてレクチャーしています。ドアの前でどちらが先に入るかで延々と譲り合う。よくイランのコメディで使われるネタでもあります。

 

 『白い池〜』に話を戻すと、たとえおばあさんが部屋を壊してくれと言ったとしても、部屋を綺麗にしてあげたほうが良いに決まっている、という固定観念がある。それがある面では「おせっかい」にもつながり、人々の価値観が多様化している都会では本当に余計なお世話になりかねないのですが、タアーロフは見知らぬ人同士の間においてこそ、潤滑油としての機能を発揮するものだと思います。なんて、京都人には釈迦に念仏か。

 

一見(いちげん)さんのための京都の流儀 (京都しあわせ倶楽部)

一見(いちげん)さんのための京都の流儀 (京都しあわせ倶楽部)

 

 

志ある学生さんは、このイランのタアーロフと、九鬼周造『「いき」の構造』でいうような日本の「粋」に代表される振る舞いとを比較してみるのも、卒論のテーマとして良いかも知れませんよ・・・・って15年ぐらい言い続けてますが(笑)。

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