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来るべきアレフバーの世界

ペルシア文学・イラン文化研究と図書館の話

『名高きアミール・アルサラーン』第7章〜第8章のあらすじ

読書記録 ペルシア文学 『名高きアミール・アルサラーン』

『名高きアミール・アルサラーン』のあらすじの続きです。

なんじゃそりゃ、『アルスラーン戦記』のパクリかよ、という方は、まず以下の記事をどんぞ。

 

alefba.hatenadiary.jp  

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第7章「カマル大臣の策略 Neirang-e Qamar Vazir」

アミール・フーシャングが宮廷から去ると、王女ファッロフ=レカーを彼と結婚させるべきか、二人の宰相に相談するペトルス・シャー。

隠れムスリムであるシャムス大臣*1は、アミール・フーシャングを称えながらも、王女とアミール・フーシャングは不釣り合いで、王女ほどの女性に見合った男はルームの王アルサラーンだけであり、他の男と結婚させれば10万人の血が流される惨事が起こる、まずアルサラーンを殺してから、アミール・フーシャングと王女を結婚させるよう進言する。

それに対して、反対の意見を述べるカマル大臣。カマルは、シャムスが隠れムスリムであるためにアルサラーンの味方をしていると告発する。

激怒し問い詰める王に対し、シャムスは、アルサラーンと娘の結婚を薦めるわけではなく、二人の星が対等であり、アルサラーンをこの世から消し去らない限り、他の人間と結婚させるべきではないという意図だと述べるが、王はカマルの言葉を信じ、シャムスを打ち首にするよう命じる。シャムスを慕う他のアミールたちが諫めるも、シャムスは鎖に繋がれて捨て台詞を吐きながら連行される。

アミール・フーシャングとの結婚を進めようとする王の意向を知った王女は、猛烈に反対するが、王はその真意が分からず、結婚したくないという王女の考えを認めようとしない。王女は朝まで嘆き悲しむ。

 

朝、劇場に働きに出たアルサラーンの前に、カマル大臣が現れる。いまもってアルサラーンであることを認めようとしない自称エリヤースに対して、カマルは、それならば今日、王女がアミール・フーシャングに嫁入りするところを宮廷に見に来いと言う。

カマル大臣の提言通り、宮廷に現れたアミール・フーシャングに対し、王は、王女を娶らせると宣言する。かくしてファッロフ=レカーは正式にあミール・フーシャングの妃になることが決まった。

家に帰り、自暴自棄になるアルサラーンに、ハージャ・カーウースは、他の男の妃になるような娘に何の意味がある、自分を欲さない相手のためになぜ嘆き悲しむのか、と叱咤する。気を取り直したように振る舞いながらも、7日後の結婚式の日まで望みを捨てず、しかし為す術が尽きたときには自死することを決意するアルサラーン。

一方、ファッロフ=レカーもまた、残りの7日間をアルサラーンへの恋に生き、そして7日目に自分の相手がアルサラーンでないことを確認してから死ぬことを決心する。

 

次の日、アルサラーンの働く劇場にカマル大臣が現れ、ハージャ・カーウースに、コーヒーハウスに飾り付けをして毎晩7時まで店を開け、酒や冷たい飲み物を振る舞うようにとの王の命令を伝える。

夜になり、王女の結婚を祝う装飾の灯りがともされ、街は昼のように明るく照らされる。アルサラーンは仕事を抜け出して街の見物にくりだす。国を挙げた結婚式のムードに包まれ、多くの男女が手をとりあって幸せそうに過ごしている。アルサラーンは夜7時に劇場を閉め、家に帰り、眠りにつく。次の日も同じように過ごした。

 

第8章「恋人との対面、そしてライバルの殺害」

4日目まではこのようにして過ぎていった。4日目の朝、カマル大臣が現れ、今日と明日は王とアミール・フーシャングが劇場に来るという。

この劇場を訪れたすべての人と同様、王もまたアルサラーンの美しさと凛々しさに心を奪われる。王をはじめ宮廷の者たちはエリヤースことアルサラーンに見惚れ、余興も目に入らない。

次の日、昨晩の見世物はどんなだったかと尋ねる王女に、宦官ヤークートはエリヤースという男に見とれて誰も見世物を覚えていないと打ち明けた。エリヤースという名前を聞いただけで、なぜか王女は心乱れ、胸が高鳴る。エリヤースの美しさは王女に勝ると断言するヤークートに対し、王女は今夜自分も劇場に行くことを決める。

劇場で初めて直にお互いを見るルームの王アルサラーンとファラングの王女ファッロフ=レカー。王女はエリヤースと名乗る給仕を間近に見るため、何度も酒をもって来させては言葉を交わす。お互いに好意を感じ取り、6時間もの間、表情で伝え合う二人。見世物が終わり、閉店の時間になって王や臣下のものたちが席を立つと、王女は侍女たちに先に出て外で待つよう指示し、自分は席にとどまってエリヤースと二人で話をする。

エリヤースがアルサラーンだと見抜き、なぜ王位を捨ててファラングに来たのかと問う王女に、アルサラーンは、全ては王女への愛のためであると告白する。相手の存在を知ったときから恋に落ち、結ばれることがないのならば死を選ぶつもりだったもりだったという互いの気持ちを知り、命ある限り愛を貫くことを確かめ合う二人。

 

しかし、教会での結婚式当日、二人はお互いの姿を見つけながらもどうすることもできない。家に帰ったアルサラーンは、死んでもどうにもならないと思い、夜、黒い服をまとい、二人のいる教会へと忍び込む。

教会に入ると、アミール・フーシャングが一人でいるのが見える。王女を探し回ると、ドームの入り口に見張りの侍女が立っており、中から嘆きの声が聞こえる。侍女を剣で真っ二つにし、中へ入ると、そこには愛しい王女ファッロフ=レカーがいた。

王女は、式の後、二人きりになって口づけをしようとするアミール・フーシャングに、個人的な願掛けとして、初夜の前に祈りを捧げることにしているため、2時間だけ一人にさせてもらい、最後に毒を飲んで死のうとしていたという。

 

つかの間の逢瀬を惜しむように酒を酌み交わし、抱き合い、口づけを交わす二人。アミール・フーシャングとの約束の時間が過ぎ、戻ろうとする王女に、アルサラーンは戻ったらどうするのかと尋ねる。

自分はアミール・フーシャングのものには絶対ならない、毒を飲んで死ぬからあなたもこの国にとどまらずに国に戻って王としての仕事を続けるように、という王女に、アルサラーンは納得し、最後に何杯かの酒を飲み、もう一度口づけをする。

 

その頃、しびれを切らしたアミール・フーシャングは、王女を探してドームのほうへやってきた。侍女が殺されているのをみて驚きつつ、部屋の中から楽しそうな話し声が聞こえ、その声の主が王女であることを悟ると中へ入っていく。

激昂するあミール・フーシャングに、否応なく剣を抜いたアルサラーンは、王の花婿を斬り殺してしまう。

アルサラーンは、王女に寝床に戻って朝まで眠り、侍女とアミール・フーシャングの死について知らなかったふりをするよう提案し、自分は教会に置かれた大きな十字架をもって家へと帰った。

 

ハージャ・カーウースは、アルサラーンがアミール・フーシャングを殺したことを評価するも、なぜ隠し場所に困る十字架を持ち帰ったのかと責める。アルサラーンは十字架を壊して井戸に埋めた。

朝になり、教会に現れた大司教が殺人の現場に気づき、宮廷は騒然とする。アルサラーンの指示通り、花婿を殺害されて半狂乱の花嫁を演じるファッロフ=レカー。彼女はアミール・フーシャングが願掛けの祈りをするために出て行った後、2時間経っても戻らず、自分は疲れていたので眠ってしまったと嘘をついた。

花婿と侍女を殺害し、十字架を盗んだ犯人について、カマル大臣は、キリスト教徒以外の者で、王女に恋心をいだく者、あるいは国内の盗賊の者で、十字架を盗むためにやってきてアミール・フーシャングと侍女を殺したと推理する。

しかし、ペトルス・シャーは、カマル大臣に疑いを抱く。かつてシャムス大臣が王女とアミール・フーシャングを結婚させれば婿が殺されて流血の惨事になると言ったがそれが正しかったこと、そのときカマルはシャムスと正反対の主張をし、結果としてシャムスが罰せられたことから、シャムスに対する対抗心から、このような結果になると知りながら嘘の提言をしたと決めつけ、カマル大臣の処刑を命じる。

しかし、自分を殺しても何も得られるものはない、犯人を捜すべきだと主張するカマルの言葉を受け入れ、王は花婿を殺して十字架を盗んだ犯人を見つけ出すようカマルに命じる。カマルは、自分は夜番の長ではないから、泥棒探しは夜番にさせるよう提言する。

 

 

いやあ、第8章が長くてしんどかったです。

しかし、いくら恋のためとはいえ、何もしていない侍女をぶった切ったり、夜這いに入ってウブな花婿をぶっ殺したりするこのアルサラーンという男も男なら、誰が殺人犯か知っているのにしらばっくれて芝居まで打つこの王女もろくなもんじゃないですね。最近よくある、色気違いのアホーどもによる殺人事件と似たものが・・・

もうお腹いっぱいでだんだん読むのが辛くなってきましたが、物語はまだこれで3分の1足らず(笑)

 

さて、あらすじの要約だけなので解説は要らないかな、と思っていましたが、だんだん「何これ?」という方が出てくると思いますので、この物語の成立についてメモしたものを以下に貼っておきます。

 

『名高きアミール・アルサラーン』について

『名高きアミール(すなわち王、君主)・アルサラーン』は、ガージャール朝期(1796-1925)の代表的な民衆文学(dastan-e ammiyane)であり、19世紀にナーセロッディーン・シャー(在位1848-1896)の講談師(naqqal-bashi)であったミールザー・モハンマド=アリー・ナギーボルママーレクが、寝室でシャーのために語ったものを、シャーの娘であるファフロッドウレが書き取ったものとされています。最も古い写本はヒジュラ暦1305年(西暦1887-88年)のもので、当初に語られた形に近いものとされています。(参考:AMĪR ARSALĀN – Encyclopaedia Iranica

 

この書き取りの様子は、 ファフロッドウレ王妃の甥であるドゥーストアリー・ハーン・モアイイェロルママーレクによって次のように記されています。

ナーセロッディーン・シャーの寝室は、ハレム(andarun)の空間の中ほどにあった。その造りは2階建てになっており、寝室は上の階にあった。この寝室から、三つのドアが三つの隣接した部屋に繋がっていた。一つ目の部屋は見張り番専用の部屋で、ナーゼモッサルタネ、ミール・シェカール、サーリー・アスラーンが見張り番であり、毎晩そのうちの一人が4人の兵隊とともに警護にあたった。もう一つの部屋は、当直の宦官たちが交代で入る部屋となっており、三つ目の部屋は講談師や楽師たちに割り当てられていた。

講釈師はナギーボルママーレクであり、楽師は、ソルーロルモルク・アーガー=ゴラーム=ホセイン・エスマイール=ハーンとジャヴァード=ハーンの二人で、サントゥール、タール、キャマーンチェの演奏において、それぞれ当時の師匠(ostad)、名人(saramad)であった。

シャーが寝床につくと、まず当番であった楽師が、ゆっくりと優しく相応しい音楽を奏で、ナギーボルママーレクが物語を語り始め、シャーを眠りにつかせるのだった。主題に応じて、必要なときはいつでも、それに相応しい詩が詠み上げられ、ナギーボルママーレクは1オクターブ(do dang)の声で詩を詠み、演奏者が楽器でそれに合わせる。アミール・アルサラーンやザッリーン・マレクのお話は、ナギーボルママーレクの想像力から生み出されたものであり、シャーがこれを気に入ったので、年に一回、就寝前に繰り返し朗誦された。ナギーボルママーレクが物語りをするために座すと、ファフロッドウレは筆記具をもって、宦官たちの部屋につながる半開きになったドアの外に陣取り、講談師の話を書き取ったものだった。このことはシャーを喜ばせ、ファフロッドウレが自室で過ごしているときには、彼女が書き取りし損ねることがないよう、他の物語を語るよう命じたりしていた。

したがって、アミール・アルサラーンやザッリーン・マレクのお話は、ナギーボルママーレクの創作と、ファフロッドウレの熱意と努力の産物といえる。前者は出版されて知識人や庶民の知るところとなり、後者はとても甘美な、夢中にさせるお話であり、ときにはアミール・アルサラーンの冒険よりも良いところがあるのだが、これは写本の形で筆者が所有している。

Dust'alikhan Mu'ayyer al-Mamalik, Rejal-e asr-e Naseri, pp. 63-64. Tehran: Nashr-e Tarikh-e Iran, 1361Kh./1982or3.

 

シャーもさぞよく眠れたことでしょう。しかしこの物語は映像化もされて、一昔前はかなりポピュラーだったようですよ。


‫امیر ارسلان نامدار با شرکت: ایلوش، روفیا (۱۳۳۴) - J.B2K - Amir Arsalan Namdar‬ - YouTube

衣装が面白い。この映像についてはまた別の機会に紹介するかもね。

 

今日はこのぐらいにしといたるわww

*1:原語はShams Vazir。因みにシャムスは「太陽」、カマルQamarは「月」の意味。

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