来るべきアレフバーの世界

ペルシア文学・イラン文化研究と図書館の話

レイハーネ・ジャッバーリー事件の迷宮

以前に紹介したガヴァーミー氏の判決(裁判所命令)については、23日にツイッターで命令文が「タイプ中」につきまだ被告に言い渡されていない、とお伝えしました。 

 その後、少なくともネット上で報道を見る限り、命令が出たという情報はまだないようです。

 

さて、その間、レイハーネ・ジャッバーリー氏の死刑が執行されたということについて、ハフィントン・ポストの和訳記事がかなりの人々に読まれ、ブクマされ、私のマイホットエントリーページにも表示されるようになりました。


レイプ犯を殺して絞首刑になった女性が最後に託した、母への手紙

 

この事件に関しては、正直なところよくわかりません。

このハフィントンポストの記事が、報道とは呼べない、死刑囚への同情を集めることを目的としているバイラルな記事であるのは明白であって、そういう記事の「意図」に気づいたならば、もう少し判断材料が必要だと考えるのが当然です。そこで、ネット上で現地語記事などを見ていたら、ますますわからなくなりました。

絞首刑に処されたジャッバーリー側と、事件の被害者であるサルバンディー側(と検察)の主張は真っ向から対立しており、少なくとも、このハフィントンの記事だけを読んで何かを判断することはできないでしょう。はてブやその他のSNSで何をコメントしようとその人の自由ですが、「レイプ犯を殺して絞首刑になった」というストーリーだけを読んで条件反射的にイスラーム自体への嫌悪、イラン現体制への反対表明を書き込みしてしまうのは、誰かさんの思う壺かもしれません*1

誤解のないように言えば、私は死刑判決には反対です。しかし被告人であるジャッバーリー氏と遺族、被害者とその遺族、司法当局のいずれかの主張について、そのどれかを確信を持って支持することもできません。死刑そのものを否定するとしても、冤罪でないかぎりは、加害者が加害者であり、被害者が被害者であることは変わりません。冤罪の可能性と、死刑の非人道性を一緒くたにして論じてしまう一部メディアの非論理性には怪しいものを感じざるを得ません。

 

さて、検察側の主張については、東外大の翻訳記事で概要がわかります。

レイハーネ・ジャッバーリー、本日夜明けに処刑される(上)

レイハーネ・ジャッバーリー、本日夜明けに処刑される(下)

 

以下は、日本語化されていないと思える情報を拾ったものです。これで全部ではありませんし、これらを信じろ、という意味でも決してありません。情報が多すぎて全部を紹介することはできません(私自身の時間的制約もあります)し、そのために適切でないものを拾っているかもしれませんが、あくまでも参考までに。

 

今年4月19日付アレフ・ニュースサイト記事ほかに転載された、『エエテマード(信頼)紙』による被害者の息子へのインタビューより:

  • 父(サルバンディー氏)の殺害に関するレイハーネ・ジャッバーリー(以下、被告)の調書は、13人の裁判官によって精査され、この判決は、判事、刑事裁判所、最高裁判所司法権長によって認定されたもの。まず検証されるべきは、こういう(判決を見直すべきという)空気を作り出し、過剰に被告を擁護している外国メディアの立場のほうである。彼らは自身では全く事件の詳細を検証していない。
  • 礼拝用の敷布の上で被害者を刺したという被告の自白は、現場の証拠と完全に一致しており、礼拝の場所が血の海になっていた。父が礼拝をしている最中(の殺害)以外にはこのような行いは不可能である。
  • 被告の自白によれば、Sh.という人物がアパルトマンにやってきて、父はSh.を追って走り、階段で激しく血を流しながら倒れ、死亡したということだが、被告はSh.が何者か、その役割について話すことを拒否している。
  • 我々はSh.については知らない。この人物が19歳の娘である被告を騙し、この人物に騙された被告が犯行に及んだのである。殺人犯が明らかになれば必ず報いを与えさせたい。しかし被告は事実を明らかにせず、Sh.をかばっている。Sh.が自分を救ってくれると思っているのだろう。
  • 被害者の職業について:父は一般医であって一部で言われているような美容整形外科医ではなかった。外科の専門ではなく、医療用品のビジネスと、情報省の職員の仕事はしていたことがある。
  • 現場に麻酔薬入りのジュースのグラスがふたつ置かれていたとされることについて:ふたつのうち一つには麻酔薬でなく下剤が入っていた。これはレイプに関する証拠にはならない。現場は父の叔母の家であり、おそらく叔母が高齢のために事前に薬を入れておいたグラスにジュースが注がれたのだろう。
  • 被告が本当の動機を話し、共犯者や本当のことについて話すのなら、許す用意がある*2。無知で若いから殺人を犯したというのなら、そしてこの件について幼稚な考えを持っているのなら受け入れることはできない。どうやったら50cmものナイフを入手してカバンに忍ばせることができるのか。被告がSh.について語らないのは、彼に騙されて、彼と連絡をとれないからで、さもなければSh.をかばうためだろう。
  • 護身用にナイフを携帯していたのではという問いに対して:その可能性はあるし、そういうことをする人はいるだろう。しかし50cmのナイフとその他のナイフとの違いは誰にでもわかる。それも30cmを父の体に突き刺しており、ただちに病院に運んだとしても、どんな人でも助かる見込みはない。この刺し方は完全に熟練者のものである。
  • 犯人が別にいると考えているようだが、という問いに対して:彼女自身の自白に基づき、キサース刑の手続きをする。被告が真実を話せば許すつもりだが、話さないならキサース刑になる。真実を話せば身の安全を保障するために手続きをすると判事から言われても、被告は自分が殺したと言っている。

 

この段階では、被害者の息子はSh.という人物の関与を疑っており、被告が真実を話せば死刑の請求を取り下げるとしています。

 

ジャッバーリー氏の母親の証言(今年4月26日付ルーゼ・ノウ・ニュースサイト他に掲載されたインタビューより):

  • 事件当日、被告は朝仕事にでかけ、昼にサルバンディー氏から連絡があり、彼の事務所を見に行くと母親に電話してきたが、母は、以前にサルバンディー氏から電話があったとき、被告の携帯電話に変な番号が表示されたので、彼とのアポはキャンセルして早く帰るようにと伝えた。
  • 以前、被告はサルバンディー氏と出会った経緯を、アイスクリーム店でサルバンディーと知り合った、彼は外科医で、診療室を開業しようとしている、などと嬉しそうに話していた。
  • 事件当日、サルバンディー氏とのアポイントをキャンセルできないと言っていた被告は、帰宅したときとても取り乱しており、事故を起こし、友人の車で人をはねたと言った。車とぶつかったと思ったが、事故の件で判事(警察のことか)が家にきたとき、人をはねたのだと知った。
  • 被告とサルバンディー氏のショートメールの交換は4回。事件のあった日のアポに関するもの。
  • 被告を擁護はしない。彼女は過ちを犯した。しかし被害者の行為についても擁護しない。中年男が自分の娘のような年齢の女性を、自分の叔母の家に連れ込んだのであって、父親ほど年齢が離れているからこそ、被告はサルバンディー氏を信用した。
  • 「殺してやる」というショートメッセージについては、それを受け取った友人が事情聴取でこう説明した。友人が被告にどこかで会おうといったら、家に父がいるのでいけないと言われた。被告は、いつも父親と問題を抱えている、あいつを殺さないとだめだ、と言った。判事はこのショートメッセージは事件に関係ないと認めた。
  • 被告を救済するキャンペーンについて、自分がもしそれに加わっていたなら事件のあった年からやっていたはず。ある日、外国のラジオが娘について取り上げていると聞いた。モスタファーイー(被告の弁護士)に連絡をとったが捕まらず、この事件をメディアで取り上げられたくないとメッセージを残した。しかしそれ以前に国内の新聞がこの報道をしていた。それから弁護士に会えなくなった。この間スペイン、アメリカ、カナダなど、多くの外国メディアが自分にメッセージを送り、インタビューしたいと言ってきた。外国のメディアと話すつもりはないので断った。
  • この出来事はひとつの事故である。私の娘が原因となり、彼らは父親であり息子である人を失った。被害者の息子と話をした。そのとき彼は不機嫌だった。その後、被害者の息子は(キサース)刑を行うといったが、心では被告を許したと言った。
  • 被告が秘密を隠しているとされることについて:自分は何度も彼女を問い詰めたが、彼女は嘘を言っていない。
  • 神に望むことは、娘を自分たちの元に返して欲しいということ。彼女が戻って来るのなら、自分が死ぬまで彼女のためにすべてを捧げるつもりだ。もし返してくれないとしても、キサース刑は間違いだったと皆に証明する。

しかし、この後、死刑執行直前になって母は娘の無実を主張することになったのでしょうか・・・

 

刑の執行後、10月29日付RFERLに掲載された、ドイツ在住のジャッバーリー被告の父方の叔父、ファリーボルズ・ジャッバーリー氏のインタビューより:

  • 事件当時、モフセニー=エジェイー氏(現司法府副長官)が情報相であったので、元情報省職員であったサルバンディー氏の殺害についてキサース刑の執行を主張した。
  • サルバンディー氏が鎮静剤入りのジュースを被告に勧めたこと、事前にコンドームを購入していたこと、殺害現場となったアパルトマンのドアに鍵をかけたことなどが、サルバンディー氏が事前に被告のレイプを意図していた証拠である。
  • 被告が事前にナイフを購入し、アパルトマンのドアに鍵をかけなかったこと、刺した箇所が両肩の間であったというテヘラン検察の発表は嘘である。
  • ナイフの購入について:被告が逮捕されたとき、13歳の妹も一緒に拘束され、取調官から妹を拷問すると脅されてナイフの購入の自白を強要された。実際にはそのナイフはアパルトマンの机の上にあったものだった。
  • 被告が友人に送ったとされる、「今夜あいつを殺してやる」というショートメールについて:裁判所によってサルバンディー氏とは無関係であると認定済み。このメールは、被告が友人の招待に応じて出かけるのを父親が許可しなかったため、冗談で友人に送ったものである。
  • 被告がサルバンディー氏と長く交流を持っていたとされることに関して:両者は3回会っただけであり、全体で1ヶ月半の出来事であった。
  • 被告とサルバンディー氏が最初に会った後、サルバンディー氏がシェイヒーという友人と一緒に、被告を自宅まで送るからと車に乗せようとした。被告は断ったが、結局、バス停まで送られ、連絡先を渡すことになった。
  • 被告が内装デザインの打ち合わせのためにサルバンディー氏のアパルトマンに入った時、普通に人が住んでいるような部屋には見えなかったため、怖くなり、ドアを開けたままにしておいた。
  • サルバンディー氏は被告にスカーフを取るよう勧めたが、被告は仕事で来たのでと拒否した。するとサルバンディー氏が被告に近寄り、抱きつこうとしたが、被告は抵抗。
  • 背中から刺されたことについて:サルバンディー氏は被告に抱きつこうとしていたが、背中を向けた隙に、被告は机の上にあったナイフで彼の背中にナイフを突き刺した。
  • サルバンディー氏が背中に刺さったナイフを抜き、被告に襲いかかろうとしたので、被告はドアのほうに逃げたが、そのときサルバンディー氏がドアに鍵をかけたことに気づいた。
  • 被告は鍵を開けようとナイフでドアの鍵を叩いたが、このときシェイヒー氏が外からドアを開け、事件に気づいた。
  • 被告は上の階に逃げ、エレベーターで逃げようとしたが、そのときシェイヒー氏が書類をもってアパルトマンから逃げていくのを見た。

この「シェイヒー氏」なる人物は、サルバンディー氏の息子のインタビューでSh.として語られている人物のことと思われます。ジャッバーリー氏の説明では、サルバンディー氏側の人間とされています。

他にもペルシア語のソースはたくさんあるのですが、上記の3つだけ見ても、情報が錯綜していることがわかるでしょう。裁判で明らかになっているはずの証拠品(ジュースの件)や殺害状況についても話が食い違っている点や、Sh.あるいはシェイヒー氏なる人物が謎のままであること、そして、各自がつじつまを合わせるために、推測の域を出ない情報まで語ってしまっているために、更に話がややこしくなっています。

それに、イランの新聞やニュースは時系列に無頓着なところがあり、いつのことを言っているのかわからない場合が多々あります。読んでいるうちに、この記事は捏造されたのではないか、などと思い始めるとだんだん狐につままれたような気になります。

ドイツ在住の被告の叔父のインタビューについては、パリに拠点を置くNCRI(イラン抵抗国民議会)がお膳立てしたものかと思われますが、彼らはとにかくイランの現体制をひっくり返したいと考えているはずで(だから間違っているとも、正しいともここでは申しませんが)、ハフィントンの記事はこの手のキャンペーンの延長線上で現れたものだと言えます。

これらのネット上の記事を読んで、どの主張が正しいかを判断したり推理したりすることはできないでしょう。ただ、被害者の死と被告の死刑執行によって、謎の大部分が永遠に究明されることがなくなってしまったのは残念な気がします。

 

(2014年11月6日 脱字訂正しました)

*1:陰謀があると言いたいのではありません。あらゆることは別の目的に利用される可能性があるということです。

*2:殺人に対するキサース刑(同害報復刑)において死刑と賠償金の選択権は被害者の相続人にある。

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