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来るべきアレフバーの世界

ペルシア文学・イラン文化研究と図書館の話

ナーセル・ホスロウ研究最新事情

このところ、告知ばかりになってしまいましたが、ここはあくまで私的なブログですので、久々に研究の話題を。

『宗教の顔』英訳本

以前の記事で触れた、ナーセル・ホスロウの『宗教の顔』の英訳本ですが、ちょっと前に書店さんから、未刊のため入手できないので一旦キャンセルしますとの連絡をいただきました。

ま、未刊と言うより未完ではないでしょうか(笑)。『宗教の顔』の翻訳は(同じ訳者の)『開明と救済Knowledge and Liberation』ほど簡単じゃないと思いますよ。私なんて10年以上やってますから・・・っていばることじゃありませんが。

 

Expressions of Islam: Nasir-i Khusraw's Interpretation of Fatimid Doctrines (Ismaili Texts and Translations)

Expressions of Islam: Nasir-i Khusraw's Interpretation of Fatimid Doctrines (Ismaili Texts and Translations)

 

 90年代後半あたりからでしょうか、欧米のイラン(・イスラーム)思想関係の学術出版では、○○についての研究書や○○の翻訳を、出す出すと予告してつばを付けておいて、何年も引っ張るということが日常茶飯事化しています。誰とは言いませんが。

そうすると、他の人は「俺、この思想家の研究やりたいんだけどな」と思っても、それはコロンビア大の誰々さんがやるって言ってたから、もう少し待つか、と様子を見ることになります。

しかし、そうやって散々唾をつけといて、出てきた本を見たら、なんか中途半端で、あれれ、なんてこともしばしば。誰の本とは言いませんが。

ハンスバーガーさんも、2000年に出した本(のジャケット)でナーセル・ホスロウ詩集を訳しているんだとか書いてましたが、いつのまにか別の人がやることになったようです。

この様子だと、私の日本語訳の方が先に出るかも知れませんね。なんて、「お前こそ唾つけていつまでも書けねえじゃねえか」と言われるかも知れませんが。

ところで同じ記事の中で、ナーセル・ホスロウ詩集の英訳だと思っていた本は、蓋を開けたら論集でした。まだ目を通していませんが。

 『二叡智の集合』英訳

 

Between Reason and Revelation: Twin Wisdoms Reconciled (Ismaili Texts and Translations)

Between Reason and Revelation: Twin Wisdoms Reconciled (Ismaili Texts and Translations)

 

 で、『二叡智の集合』英訳は書評を書こう、とか思っていたのですが、すっかり時機を逸してしまいました。

まあ、翻訳ですから、書評するとなると訳文の善し悪しを論じるのと、原典の重要性を論じるのと両方しないといけないので大変ですね。それで購入した時にはりきって少し読み進めていたら、あれれ?な訳文があって、そこで放り出してしまいました。

他にも変なところがあったので、メモとしてここに書いておきます。英訳だけ使ってなんとかしようとか思っている方のために・・・ってそんなのはすぐバレますから、皆さんちゃんと原文を読みましょう。

まず、訳者Ormsby氏は自分の使った底本(アンリ・コルバンとモイーンによる校訂本)が依拠している写本が、唯一の現存するものだとしています。これはコルバンの受け売りで、ミール=アンサーリーの『ナーセル・ホスロウ書誌』をみると4つの写本が記録されています。この書誌は1994年に出版されていますから、少なくともそこのところを無視している理由を説明するべきでしょう。

そして、訳文でずっこけた箇所は以下のところです。

まず少し説明しますと、『二叡智の集合』は、アブー・アルハイサム・ジュルジャーニーというイスマーイール派の詩人が書いたとされる哲学詩を引用して、その後、ジュルジャーニーが詩の中で問うている哲学的問題に散文で答えるという形式を取っています。

で、ジュルジャーニーのカスィーダの3ベイト目の第一メスラァの訳なのですが(ベイトは詩行、第一メスラァはその前半句とお考え下さい。)、ペルシア語テクストは、

چرا که آبا هفت و دوازده است بنام – وامهات بگفتار واتفاق چهار

となっています。逐語訳すると:

なぜ父たち(ābā)は、よく知られるところでは、七と十二なのか。そして母たち(母体ummahāt)は、言われるところでは、そして(意見の)一致するところでは、四なのか

これは、そこまでの文脈からして、宇宙論(宇宙生成論)についての問いなんですよ。天輪がなぜ七つであると言われ、元素は四なのかと問うている訳です。その関係からすると、十二という数は十二宮のことでしかあり得ません。

Ormsbyさんの訳文は以下のようになっています(p.35):

Why are there seven and twelve imams in name – While the elements are, by common consent, four?

直訳すると、

なぜ名目上は七や十二のイマームがいるのか、その一方で元素は、通常の一致するところでは、四なのか?

なぜ、原文にない「イマーム」が出てくるんでしょうか?七や十二という数からすぐイマームを連想しちゃうというのは、ナーセル・ホスロウのテクストを全く読んでいないばかりか、トーシロー(死語?)だということがバレバレです。

ペルシア語原典を見ますと、確かに欄外にbi-nāmをimāmと読むヴァリアントは提示されています。仮にそれに従って訳すと、前半部分はこうなります:

なぜ父たち(ābā)は七で、イマームは十二なのか

このヴァリアントを採用することはあり得ません。ナーセル・ホスロウはイスマーイール派ですから、七イマームの(実際には、七人一組のサイクルが繰り返されると考える)立場です。その流れで十二というときは、宗教界のヒエラルキーを指していますから、フッジャと呼ばれる高位の宣教師の数を指します。ちなみにナーセル・ホスロウ自身、ホラーサーンのフッジャであったと言われています。

それから、ナーセル・ホスロウは、他の著作においても、十二イマーム派への言及はしていません。自分のこともイスマーイール派などとは自称していません。「シーア派」と言うだけです。詩の中で「ファーティミー」と自称していることはあります。いずれにせよ、「なぜイマームは十二なのか」なんて言うわけないでしょう。それに、bi-nāmの代わりにimāmを採用したのに、訳文にin nameという言葉が入っているのはおかしいでしょう。

imāmというヴァリアントについては、そもそもペルシア語テクスト第2版の注釈で、校訂者の一人モイーンが、テクストの通り(bi-nām)が正しいと念を押しています。

さらに、複数形の「父」(ābā)は、ābā-yi ‘ulvīとも言われ、天輪を指す譬喩です。これは古典詩に精通していなくても、いくつか辞書を引けば誰でも分かることです。

この意味でのābāは、しばしばummahātと対で用いられます。ここでは、七天と十二宮をひっくるめて「父たち」と言っている訳です。

ジュルジャーニーは、通説ではなぜそうなのか、と言っているので、bi-nam(よく知られる)とかbi-guftar(言われるところでは)とかittifaq(一致)という言葉を挿入しているのです。

つまり、この訳文を見ただけで、Ormsbyさんは

 

  • ペルシア語テクスト第二版を持っていない、または注釈を見ていない
  • ナーセル・ホスロウの他の著作を読んでいない
  • ペルシア語辞典を引いていない
  • ペルシア語能力に問題がある

 

 

 

 

 

 

 

のではないか、と勘ぐってしまう、というか多分そうでしょうと思ってしまいました。この点をまとめると、彼はフランス語訳から翻訳したとしか思えません。

1990年刊のフランス語訳では、例の句はこう訳されています:

Pourquoi y a-t-il nommément sept et douze Imams et, à l'unanimité, quatre grands Khalifes?

四がカリフ(正統四カリフか?)になってしまっているところが、ある意味英訳よりヒドいですが、Ormsby氏がこの仏訳を参考にした可能性は大です。

ところで、ネットを検索していたら、こんなものを見つけました。

http://muse.jhu.edu/login?auth=0&type=summary&url=/journals/journal_of_shia_islamic_studies/v006/6.2.baghi.pdf

Journal of Shi'a Islamic Studies 6(2) Spring 2013: 249-253.に所収のBook Notesらしいのですが、モハンマド・バーギーとかいう評者がこんなことを言っています。

The translation is beautifully worded but tends towards the literal, with frequent transliterations, and appears to rely on the 1953 French translation by Muhammad Mu‘in and Henri Corbin, which has also been criticised in some Persian works.

(訳文は美しい言葉で飾られているが、逐語的になりがちで、(訳さずに)音訳されたものも多く、モハンマド・モイーンとアンリ・コルバンの1953年のフランス語訳に頼っているように見えるが、その訳文もまたいくつかのペルシア語の文献で批判されている。)

53年刊のコルバンとモイーンの訳なんてあったっけ?それをいうなら翻訳じゃなくて、フランス語解説付きの校訂本だと思うのですが・・・私のもっているフランス語訳は、1990年出版のもので、訳者はどこからどうみてもIsabelle de Gastinesさんとしか読めないのですがwww

まさかうろ覚えや耳学問で書いているのでしょうか。

 

お前もがんばれよ

 

って感じです。

ま、あちらのナーセル・ホスロウ研究の水準なんて、こんなもんですよ(偉そうに)

私も頑張ります。

 

 

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